タカラバコ

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KEYTALKとIvy to Fraudulent Gameの対バンを見に新木場に行きました。

日記。今年の2月14日は大好きなKEYTALKとIvy to Fraudulent Gameの対バンを見るべく、新木場に行きました。片方はオープニングアクトといえど、本当に夢のような対バン。開演を待っているあいだ、初めて新木場スタジオコーストへ来た日のことを ふと思い出した。

「ドラムの人の髪色が可愛い…」

私が邦ロックと呼ばれる音楽にハマるキッカケとなったバンドがKEYTALKだった。2015年 春、EテレアニメのOPテーマに抜擢されたKEYTALKは、NHKの音楽番組「MUSIC JAPAN」に初出演。私はそれの番組観覧へ行っていた。その日のことは、ここにだいたい書いてある。

MJに行くまでの経緯を話すと これがまたすごい長くなるんだけど、今のようにホイホイ東京に行けるわけでなければ、倍率も高い番組観覧に、私が行った日と KEYTALKが出演した日が同じだったことがまず奇跡としか言いようがない。

第一印象は「ドラムの人の髪色が可愛い…」というクソみたいなものだったが、おかげさまで私の中のロックバンドのイメージを180度ひっくり返され、KEYTALKの出番が終わった瞬間 私は「この人たちのファンになる!」と決めた。この日の本来のお目当てのことが私はどれだけ大好きで大切か話そうとすれば時間がいくらあっても足りないが、それくらい、このMJでKEYTALKに出会ってしまったことは私の中で革命的だった。そしてほんとうに加速的に好きになった。

例えばOPテーマに抜擢された曲が「桜花爛漫」でなければ こんなに好きになってなかったかもしれないし、すべてが重ならなければ私が邦ロックにハマることはなかったのかなって思うと、タイミングって不思議だなぁとつくづく実感させらる。もしあの時に、八木にゃん(Dr.)の髪色がピンク(のようなラベンダーのような)じゃなければ、私はKEYTALKのことを気にもとめず終わっていたかもしれないので、私に邦ロックと出会わせてくれた八木にゃんには厚く御礼申し上げたい。本当にありがとう。(まぁ……その後私が特にハマったのはぺーい(Gt.)だったんだけど……。)

MJ翌日のフラゲ日には早速「桜花爛漫」のCDを購入し、初めて下北沢に行った日にはまさかの武正さん(ぺーい)に遭遇。「KEYTALKって本当に下北沢にいるんだ…」ととても感動したが、あれ以降 何度下北沢に降り立っても、KEYTALKどころかバンドマンに遭遇したことはない。

そんな話はさておき。

私が初めて 自分からKEYTALKを見に行ったのが MJから2ヶ月後、HOTをMOTTOワンマンツアーの新木場公演だった。人生初のバンドのライブで、人生初のスタンディングライブ。一緒に行く友達も見つからず1人で行った。

ちなみにライブに行くにあたって一番悩んだのが服装。最近で言うところの“ゆめかわいい”みたいなファッションばかり好んで着ていた私は、こんな格好では絶対に浮く…と思い とりあえず近所のユニクロで全身コーデを完成。それを着て新木場へ向かい、物販でバンTを購入、着替えてライブに参戦した。Tシャツで東京に行くなんてありえない…と思っていた当時の私にとって、男女問わずみんなお揃いのTシャツ(にディッキ)を着た人がウジャウジャいる光景は、かなり新鮮に見えた。

ライブハウスのなかに入ると、とりあえず人の密度に驚いたが、さらに驚いたのが開演直前。近くにいたお姉さん2人組がそれまで仲良さそうに話していたのに、「検討を祈る」という言葉を最後に会話を辞め、ライブが始まるとそれぞれにモッシュの波へ消えていってしまった。一緒に来ているのに友達同士で楽しむわけじゃないんだ…と、かなり衝撃的だった。

「スタンディングのライブが初めての人は危険なのでなるべく後ろで見てね!」みたいな開演前の巨匠(Vo./Gt.)のアナウンスも無視して気づけば私もモッシュの波に飲まれ*1、波に流されてるうちにサークルに到着、サークルが私のことも入れてくれようとしたけど、さすがに怖かったから逃げた。なんていうか。1人で来ても何人で来ても、バンドのライブってこんなにも全員で楽しめるものなんだ!ってことに素直に感動した。スタンディングって思ってたよりメンバーのことも全然見えたし、一体感すごいし、始まる前と終わった後で自分の居る場所が全然違うのが面白かったし、怖がってたモッシュもこんなに楽しいものだとは思わなかった…。なにより、生で聴くKEYTALKの演奏はめちゃくちゃかっこよかった。

はじまるまではすごく緊張していたけど、初めてのライブは本当に本当に楽しかった。まさに新しい扉を開いてしまった、そんな感じだった。私がこの日の楽しさを忘れる日は、邦ロックの音楽を聴かなくなる日だと思う。

「バンド マッシュ イケメン」

1人でライブに行くことを決めた頃。一緒にKEYTALKのことを話せる友達が、あわよくばライブ会場で会える友達が欲しいなぁと思い始めた私は、Twitterを漁ってるうちに 日曜タグの存在を知った。決まって日曜日だけ、邦ロックが好きな人たちが同じタグを使ってツイートし、それをリツイートしたりお気に入りし合ったりして友達になるらしい。タグを見ていて思ったことは、「みんな好きなバンドたくさんあるんだなぁ…」だった。ひとつのバンドだけが好きな人はあまり見かけなかったし、たまに見かけてもRT数が他と比べて明らかに少なかった。

KEYTALKのファンの友達を作るには 他にも好きなバンドがいたほうがいいみたい…私は何故かそう解釈した。KEYTALKと同じラジオ(キンプレ)のナビゲーターを務めるバンドだとか、KEYTALKのTwitterでよく名前を見るバンドだとか、気になるバンドはいくつかあって、試しに並べてみたけどまだ少ない。気になるバンドのMVからさらに関連動画を再生してみたりしたけど、そう簡単に好きになれそうなバンドは見つからない。当たり前だ。とうとう私は「顔だけでも好きになれそうなバンドいないかなぁ…」というクソみたいな思考にたどり着いた。ものすごく軽い気持ちだった。


「バンド マッシュ イケメン」という、これまたクソみたいなワードを詰め込んで検索かけたら、見事 Google先生の画像検索上位に出てきたのがIvy to Fraudulent Gameの寺口さん(Vo.)だった。*2邦ロック界隈にはこんなに綺麗な顔した人がいるのか…と感動した私は、そのやたら長くて読めないバンド名を、とりあえずコピーし再びGoogle先生の検索窓にペースト。動画検索の一番上に出てきたMVを再生したら、一瞬でハマってしまった……というわけではなかった。へぇ〜こんな曲があるのか〜と思ったくらいで、バンド名をメモしてそのときは終わった気がする。

それが数日経って、歌詞もメロディも曖昧なのに頭の中をずっとグルグルしてる曲がある、誰の曲だっけ……かなり長いこと考えた結果、あのマッシュのイケメンがいたバンドだと思い出した。メモしてあったバンド名を再びコピペし動画再生。続けて3回くらいリピート。その後はハマるまでそんなに時間はかからなかった。

ちなみに、このとき再生していたのが当時 唯一公開されていた「東京」のMVだった。ぶっちゃけ私、苦手な歌声ってすごい多いのに顔から入った寺口さんの歌声は私の好みにもピッタリはまったし、(かなり上から目線になってしまうんだけど)Ivyは初めて再生したときに飽きずに最後まで聴けた数少ないバンドのひとつだった。あと、聴いたのが「東京」だったから勝手に頭の中で流れるほどだったけど、もし初めて聴いた曲がdulcetとか 漂うみたいな曲だったら、音楽初心者な私には難しくてバンド名も覚えずに終わってたかもしれない。今でこそ特に大好きな曲だけどね。

こんな感じで私がIvy to Fraudulent Gameのファンになったキッカケは、かなり変な理由だった。*3

あれから、色んなバンドを聴くようになって、楽曲がすごく好きだから見た目なんでどーでもいい!同じ音で演奏してくれるのなら見た目がどんなキモいオッサンでもいい!って、一番思うのがIvyなのだけど、唯一見た目から入ったのもIvyでした。顔ファンを否定できるわけがない、顔ファンがつくほどのイケメンじゃなきゃ私Ivyの存在も知らないままだったかもしれないから。

そういえば。

初めてKEYTALKのライブへ行った1週間後、あるイベント(MJでの本来のお目当てが主催)の為、私は再び新木場スタジオコーストへ行った。あのイベントの会場になぜ新木場が選ばれたのか未だに不思議でならないのだけど、完全にKEYTALKに気持ちが流れていた私はイベント終了後、その日行われていたKEYTALKのライブ、の物販、に並ぶためだけにZepp Tokyoへ行った。ライブ前の空気を味わえただけでなんだか嬉しかった。さらに同じ日、群馬の前橋DYVERではIvyのワンマンライブが行われていた。まだKEYTALKでさえビクビクしながら応援していた私にとって、インディーズバンドやアマチュアバンドなんて未知の世界!その日のIvyのツイートや ファンの人の感想を見ながら、「いつか、私もIvyのライブが見てみたいな」なんて思った。私がIvyのライブを初めて見たのは、それから2ヶ月後だった。(ビビってた割に早かった)


初めてIvyのライブを見た日は自分の誕生日だった。誕生日に、隣の県*4で、Ivyがライブをする、「初めて」のタイミングは今日しかない気がした。向かった横浜BAYSISは台風だったけど、ライブは本当に素晴らしかったし、本当に良い誕生日だった。緊張のあまり、メンバーがよく見えないくらい後ろの方で見ていたけど、Ivyが登場した瞬間にガラッと変わったあの空気が私は未だに忘れられない。

二度目のライブは翌月、地元の静岡UMBERだった。一度ライブを見て ライブの雰囲気はなんとなく分かったから、今日はドラムが見える場所で見ようと決めて行った。音楽初心者な私でさえ、Ivyのドラムは不思議な音がするなぁと感じていたので、どんな風に叩いているのか見てみたかった。

衝撃的だった。

この感覚を表せる語彙力がないのが悔しいけど、いままで目にしてきたもののなかで一番ってくらいに、美しいと思えるものを見てしまった。フクシマさん(Dr.)は天才だった。登場すると両手を合わせてから着席、大きくてうるさそうな楽器から 繊細で重みのある音を鳴らし始めた。スティックの音さえ柔らかくて心地良かった。音階のない楽器からどうしてこんなにもいろんな音が鳴らせるのか不思議だった。ものすごく丁寧で暖かみのあるIvyのライブに、気づけばものすごい迫力で飲み込まれていた。極めつけはshe see seaの間奏だった。ここ、音源で聴いているときは すごく切なくて苦しいなって思ってたんだけど、それを演奏するメンバーの姿は想像以上に力強くて激しくてビックリした。フクシマさんがいきなりとても大きな音でシンバルを叩いたかと思えば、それを手でとめた。何度も強くスティックで叩いては、何度も優しく手で止めた。

楽器初心者の私には、シンバルの音を手で止める それが、意味が分からなかった。そして美しい動きで それをする フクシマさんが意味分からないくらいかっこよかった。フクシマさんはあまりライブが好きじゃなかったみたいだけど、私は初めて曲を再生したときよりも*5、初めて歌詞カードを開いたときよりも*6、この日 初めて演奏している姿を見たときが一番感動した。一目惚れってこういうことかもしれない。音楽の楽しみ方として、それは不正解な気もするけど。

その後は沼だった。Ivyのライブ見たさに 知らない土地に一人で遠征するようになったし、初めて最前列で見たライブの帰りにはドラムスティックを購入、勢いでドラム教室に通い始めた。ドラムやってること あまり人に言ったことないけど、実はいまも続けてる。


Ivyのライブに行くようになってからは、対バンで色んなバンドを見る機会が増えたし、Twitterのフォロワーが増えてくると 知らないバンドから自発ってやつをされることも多くなった。自然と好きなバンドは増えて、大きいライブハウスよりも小さいライブハウスへ行くことのほうが多くなった。

KEYTALKのことは変わらず大好きだったし、もちろん今も聴き続けてる。ただ、お祭りがあまり得意ではない私は、KEYTALKが「祭りじゃ!祭りじゃ!」とハッキリと言うようになった辺りから、ワッショイしてそうなライブにはあまり行かなくなった。*7

半年ぶりにKEYTALKが新木場でライブをやる、そう聞いて、そろそろKEYTALKのライブが見たいなぁ…なんて、ちょうどそんなこと思ったタイミングだった。追加でオープニングアクトの出演が発表された。

どちらも大好きなバンドです。

お洒落なチョコの袋さげた女子たちを横目に、大好きなバンドの名前がプリントされたTシャツを着て向かった先には 自分と同じような格好をした人がウジャウジャいた。

まるで隣町に映画でも見に行くかのような気軽さでライブに行けるようになってしまったもので*8、緊張することもあまりなくなったけど、見慣れた新木場のステージに、見慣れたIvyの楽器がセットされてある光景は なんだか不思議に思えた。それをボーっと眺めながら、初めて新木場に来た日のことを ふと思い出したりした。あれから、色んなバンド聴いたし、色んなライブ見たなぁ。

開演時間の5分前になると暗転、ビクター(KEYTALKが所属するレーベル)の映像が流れ始め、その映像の最後に名前を紹介されると、Ivy to Fraudulent Gameが登場した。Ivyは今日も最強だった。「カロリー高め!東西ガチモリ燃焼系ナイト」とサブタイトルのついたライブで、一曲目からシューゲイザーと呼ばれるような美しい轟音を響かせ、先輩に囲まれたライブだろうと中指たてて戦ってた。繊細で力強いIvyの音楽を全身に浴びながら、すべてのチカラを指先に込めて拳上げてる瞬間がたまらなく大好きだなぁととても思った。こんなに満足できる4曲ない!演奏が終わると、フクシマさんは両手を合わせてから捌けていった。

Ivy to Fraudulent Gameは世界一かっこいいロックバンドだ!と思ったばかりだったけど、KEYTALKもやっぱりかっこよかった。こんなにかっこいい曲を、こんなにも楽しそうにパワフルに演奏する人たちが他にいるのだろうか。新しい曲を演奏しても インディーズ時代の曲を演奏してもみんな踊るし、武正さんが「ぺーい」と言えばみんな「ぺーい」と返すし、KEYTALKのライブの一体感はさすがだなと改めて実感した。MONSTER DANCEなんて本当にフロア全体が踊ってたんじゃないかって程だったし、踊れるロック最高!ってすごい思った。やっぱりすごい楽しい! フロアにいる全員を巻き込んで熱いエンターテイメントをお届けしてくれるKEYTALKは、本当にお祭りみたいなバンドだな と思った。こんなお祭りみたいなバンドのライブ、祭りが終わる前に「踊らにゃソンソン」である。KEYTALKは笑顔で両手を振りながら捌けていった。

KEYTALKとIvy to Fraudulent Game、どちらも 私の大好きなバンドです。

終電の関係で最後まで居れなかったのが残念だけど、「MUSIC TAGS Vol.4」本当に楽しかった。どうせなら最後まで居て KEYTALKとIvyが同じステージに同時に立ってるとこ すごい見たかったけど、集合写真 撮るときに居れなかったのすごい悔しいけど、それもまぁしょーがない…って潔く諦められるようになったくらいには、最近の私はライブ行きすぎてる。今度のIvyのツアーは10本参加する予定です(ニッコリ)。


初めて行ったライブハウス 新木場スタジオコーストで、初めて好きになったバンド KEYTALKと、初めて好きになったインディーズバンド Ivy to Fraudulent Gameの対バンを見ることができた2017年02月14日。本当に特別な1日となりました。夢のような時間でした。

また、KEYTALKとIvy to Fraudulent Gameの対バンを見れる日が来ることを期待して、私も頑張ろ〜〜!その時は最後まで見れたらいいな!(笑)


以上、だいぶ長くなってしまったけど なかなか はてなブログっぽい記事が書けたのではないでしょうか!()


☆ ☆ ☆

*1:良い子は真似しないでね!

*2:他に上位にいたのは、ようぺいんさんとか、えのぴょんさんだった気がする。

*3:ツイキャスとか、閃光ライオットとか、インディーズデビュー(行間にて)とか、ファンになったタイミングはそれぞれだと思うけど、私と同じキッカケでファンになった人はあんまいないと思う。

*4:当時Ivyがライブしたことある場所のなかでは、私の家からは一番近い場所だった。

*5:「道化の涙」のメロディと歌詞を初めて聴いたときは震えたし、

*6:「(cell)/ambient」の歌詞カードを開いた時のトキメキは忘れられないけど。

*7:前回行ったライブはKTEPコンプリートのレコ発、ワッショイしてなかった。

*8:私 映画なんて滅多に見に行かないけど。

わたしの 好きな うた

好きなうた ほど、つくってる人のことを知りたくなかったりします。

この音を鳴らしているのはどんな人なのだろう とか、どんな経験をしたらこんな言葉がうまれるのだろう とか、好きなうたに 興味がわいて よく知ることは とても楽しいのだけど、そのうたが大好きだからこそ、つくっているひとの人柄を知ることって ちょっと恐いです。

幻想的だとか繊細だとか儚いだとか、そんなフワフワしたワードがよく似合う曲が好きです。だからこそ、中の人のクッキリとした現実や 生々しい言葉はあまり見たいものではないなぁ、と。

色で見えたり、耳で判断できたり、感触を確かめられたり、そんな ありありとした日々のなかで、色も音も見ることのできない 不確か な おんがく の存在は、たとえ どんなに痛い現実をうたったものでも、すごく、非現実的なものだと思うんです私は。

なんていうか、そんな不確かな おんがく に一番近づくことができるのがライブだと思うのだけど、うたよりも丁寧な接客をされると、あれっ私はなにをしにきたんだっけ…と思ってしまうことがたまにあります。ごめん、うたに会いにきてほしいのか、人に会いにきてほしいのか、分からないとモヤモヤする。

ネガティヴなうたを歌う人が卑屈なこと言うのは面白いけど、私が好きなうたは誰にも貶されたくないし、本人すら「飽きた」なんていう日がくる曲聴かされたくないし、気持ちがこもってないなんて自覚してる音で周りの音を汚さないでほしいし、私は、私が好きなものは つくっている本人にすら壊されたくありません!

ラブソングを聴いて ぼんやりとその曲の情景が浮かんだところに、歌詞をかいた人のホンモノの恋人の顔とか知りたくないし、イメージやキャラクターを守ることと、うたを守ることっておんなじことじゃないですか。。?

私が必死で積み上げた壁を、裏から壊されるようなきぶん。何度積み上げても その度に壊されるともう疲れちゃうなぁ。

夢を売る仕事ではないかもしれないけど、幻想のままでいてくれたっていいじゃない。


私が大好きなものには、いつでも、好きでいることを自慢に思える存在であって欲しいなぁと思うし、自慢できる程のものしか 好きになった覚えないんだけどなぁ〜〜。

あの人がうたってる曲、
じゃなくて、
あの曲をうたってる人、
でいて欲しい、ずっと。

▽%@■

うたを聴いて、そのうたの登場人物の 性格や 顔が ハッキリと浮かんでしまうのは嫌だけど、
MCを聞いて、話のなかに登場した人との関係性や名前が分からないと寂しいなぁと思ってしまった。


うたの中の「きみ」や「だいじなひと」は曖昧であってくれたほうが楽しいのに、ことばで聞く「きみ」や「だいじなひと」は曖昧だとモヤモヤするなぁ、と。

なんだかすごい疎外感 感じちゃったなぁ。。

die

死にたい とか、逆に 生きたい とか、そういうことを冗談ではなく本気で思ったことはほとんどないのだけど、


このまま消えてしまえればいいのに、と思った。


生きるのがめんどくさいけど、死ぬのもめんどくさい、まさにそんな感じ。すこし話がズレるけど、死んだら無になるなんて誰が決めたことでもないでしょ。生きてること以上に 死後の世界のほうが辛いかもしれないのだから、そう簡単に死ぬわけにはいきませんよ。どんなに生きるのが辛くなっても よく知ってるこの世界で生きていることのほうが、死ぬという未知よりかマシじゃないか……とは昔から思ってる。…こんな重たい話がしたいわけじゃないんだ。


どんなに、頑張っても頑張っても、底辺なことに変わりはない、というのは なかなかしんどいもので。

何度やっても学べなくてまた同じ失敗をしてしまった。


くだらない。


行きたいイベントに行ける方法を考えてるうちに家で開演時間を迎えた。そんな些細なことだった。

パソコン以外の家電製品の電源をすべてオフにして、なにも考えない 考え事をした。うしろも、いまも、さきも、真っ暗だと思った。パソコンの明かりだけがつく暗い部屋はわりと落ち着くと思った。

考えることに飽きた頃、パソコンで 雑誌の読者投稿のコーナーに応募した。それが約2ヶ月後、ありがたいことに掲載された。掲載していただいたソレを極める道に進もうとしたが、わりとすぐに断念した。


きょうも知らない誰かが亡くなったらしい。人の死はいつ訪れるか分からないものだなと思った。一生懸命に勉強をしている受験生が、合格していずれ就職して、頑張って仕事をして、貯まったお金で娯楽を楽しみ、そして死んでいくのと 受験生の段階で死んでしまうのとでは、可哀想の度合いが違うなぁだなんて思ってしまった。

ひょっとしたら自分も あした 死んでしまうかもしれない。未来に辿り着けずに死んでいくなら、せめて、好きなものを存分に好んだあとに死にたいなと思った。

どうせ死ぬなら、キライなあの人に気に入られる必要もないし、まわりに合わせてレールに乗る必要もないし、こない老後のために金を蓄える必要もないし、いま やりたいことだけをやって 好きなものが中心の生活をしたっていいじゃないか、と半ば投げやりな気持ちで思った。


そんなことを思って過ごしたのが この2年間だった。



大好きなバンドのライブへ行った。

このまま消えてしまえればいいのに、と思った あの日とおなじ日にちだった。ライブはすごく楽しかったし、私も当たり前のように幸せだった。

ライブのなかで、来年の嬉しい予定が発表された。来年がとても楽しみだからそれまで、それに行けるように、頑張ろうと当たり前のように 軽い気持ちで 思った。好きなもののために頑張るのって楽しい。

好き、ってとても偉大だ。


べつに何のオチがある話でもないのだけど、同じ日にちなのに全然ちがう1日だったなぁ、と。すっかり、過去、の話だなぁと懐かしくなったので書いてみました。おわり。

寝れない。

思い出すとつらくなるから思い出さないようにしていた思い出を、笑って思い出せるようになると、それだけ時間が経ったんだなぁと実感して、それはそれで切なくなります。


最近は、モヤモヤすることも苦しくなることもなければ、心底嫌いな人や苦手なものもなくて、毎日が淡々と終わっていきます。

マイナスの感情や大嫌いなものって嫌いなら嫌いなだけ、好きなものを好きだと言える活力になるよなぁと改めて気づかされる最近。

まいにちの作業を一向に進めることができなくて、溜まっていく一方で、いつかこの溜まった山がなくなる日はくるのだろうか。なんて思っていたこともあったけど、淡々と作業を進められるようになると、それはそれでつまらない…なんて贅沢でしょうか。

苦しかったときのほうが、いろんな気持ちが湧いてきて、次々に好きなものが増えて、なにより 好きなもののことを より好きになることが楽しかったなぁ。嫌いなものに対する感情を、好きなもので消化するほうが私には合っていたかもしれない。

それなりに忙しくて楽しい予定もあるまいにちなのに、家にこもって夢みてたときのほうが楽しかった。苦しいのイヤだけど、苦しかったときに戻りたいとさえ思います。

楽しいことばかりで感情が麻痺して、なにが楽しいのか分からなくなってきました。


たまに、すごく哀しい気分になりたいときがあるんだけど、最近はとことん哀しい気分になることができません。。だってぜんぜん哀しくないんだもん。。


ブログ書きたいことはたくさんあるんだけど、どれもまとまらなあなぁ。

好きにきまってる。

4日前。久しぶりに、いまのこの気持ちを文章に残しておきたいなぁという気分になったのだけれど、なんだか忙しい日を3日間すごし やっと一息ついたら、残しておきたかった気持ちは随分薄れてしまってた。文章書きたいなぁという気分だけが残ってしまったので、気持ちが完全に消滅するまえにほんの少し残しておこうと思います。



この曲いいなぁ〜って思って、CD買って、そのアーティストのファンになるのに、 好きなアーティストが新譜を出すと聞いて、収録曲をひとつも聴かずに予約することが、私もよくある。

曲聴いてないのに、その曲を好きになることが分かってるってすごい信頼感だし そんな存在が在ることってとても嬉しいことなんだけど。その曲が好きだからそのアーティストが好きなのか、そのアーティストが好きだからその曲が好きなのか、分からないね。アーティストと曲とどちらのほうが好きなんだろうね。せっかくそのアーティストが一生懸命つくった曲を、聴く前から好きだって分かってるなんて、その曲に対する私の愛は不真面目すぎないか。なんて、真面目に考えてる時点で、純粋な音楽の楽しみ方とは掛け離れてる気もする。


2ヶ月前とか3ヶ月前に見た彼らのライブは、すごく暖かくて鋭くてそれが優しくて、その世界観にあっという間に沈められていくような気分だったけど、ちょっぴり冷たくてジワッと染みるようなライブもいいなって思った今月でした。*1今月のライブは無愛想だったとか決してそういうわけではないどころかむしろ心いっぱいだったし、どちらのほうが良かったなんてわけでもないんだけど、ただ、ライブが終わって残った感覚が 数ヶ月前とはどうも違ってすこし戸惑ってしまった。目を瞑って大好きな音をたっぷり浴びて、幸せに満たされていくのを実感するのがとても大好きなんだけど、今回はどうもそれがうまくいかなかった。なんかよそよそしかった。…私気持ち悪いね。

5ヶ月前に見た彼らのライブでは、音が降ってくるようだと感じたけれど、そういえばずっとそんな風には感じてない。これは変わってしまったのではなくて、きっとまた降ってくるようなライブを見る日も、沈められるようなライブを見る日も、染みてくるようなライブを見る日もくるんだと思う。毎回「きょうは良い日だね。楽しいね。」なんて言ってても面白くないでしょきっと。人間はあんまり好きじゃない私だけど、人間らしくてすごく好きだなって思った。初めてそう思えた今月でした。

気分好調になった人にはかけないネガティブな闇っぽい曲の儚さが好きだな〜〜ってよく思うけど、好きなひとがネガティブに閉じ込められているなら、はやく抜け出せますように、と思います。これは矛盾か。

好きだな〜って実感できることってこんなに幸せなのに、「好きに決まってる」っていう先入観ってめんどくさいね。ハッキリ言うと、期待してた満足感とは違った、好きなことも幸せなことと変わりないんだけど。ちょっと前までそんな期待なかったのにね。



タイトル通り「hello goodbey」を繰り返すあの曲って、ずっと、「こんにちは」と「さようなら」を繰り返しているんだと思ってたんだけど、「さようなら」とこんにちはしていることに今更ながらやっと気づいた。ほんとうに今更すぎるね。なんで今回急に気がついたんだろうね。彼らの音楽が好きだと思える日に終わりなんてこなければいいなぁと思います。


好きなだけライブに行って毎回ライブを評価したり、好きなバンドを自分のもののように上から喋る人が私は嫌いです。たとえば、こういうブログ書いちゃう奴ね。

こんな薄っぺらいことが書きたかったわけじゃなかった気がするけど、これ以上思い出せないので終わります。…悪魔でも、ご本人とかファンの人が見てる可能性があるところでは書けないことを書いただけで、ライブはめちゃくちゃ楽しかったからね!!!!!

*1:悪魔でも私の受け取り方にすぎないんだけど。

だれか わたしを 騙せ

わたしのことを騙してくれる人に、心を開きすぎたみたい。敵にわたしの武器ぜんぶ渡しちゃったような気分、次に攻撃されたらもう完敗だよ。せっかく騙してくれてたのに、騙されてるフリができなくなった。もう今までみたいに騙してもらえないね。


嘘をついてほしいわけじゃない。どうしてイラナイ嘘をつくのかなぁ。嘘をもらって幸せになるのに、「これは嘘だよ」ってバラされてすごく哀しくなるね。嘘だってちゃんと分かってるから、そのまま微笑んでいてくれたらいいのに、隠し通してくれたらいいのに。「これは嘘じゃないよ」なんて嘘は、もっとついてほしくないよ。騙すのはトクイなのに、隠すのはヘタクソだとすこし傷つく。
ちょっとだけホントならいいのになって思う。嘘で埋め尽くさないですこし余白を残してくれたら嬉しい、それが嘘でもホントでもいいからさ。妄想できる余地をくれ。


重たくてカタチあるものよりも、カタチのない不確かなもののほうが魅力的に思えるときもあるでしょ。たとえば、押しつぶされそうなくらいにハッキリとした「きみが好きだよ」の言葉を きちんと受け止めて失くさないよう大事にするよりも、耳に通すことも目で見ることもできない「きみが好きだよ」の言葉と一緒に流されてるくらいのほうが幸せなときもあるよ。嘘だって分かってるけど「ホントだったらどうしよう」なんて思えるくらいがちょうどいい。

カタチのないものって、カタチがないから価値があるわけで、クッキリ見えるようになってしまったらそれはもう別のものだし、完全に溶けてしまったら失くなってしまうし、ものすごく儚いね。そのままキープなんてできないもん。
そんな曖昧で儚いモノや気持ちに出会える瞬間ってそう簡単にあることではないから、だから、出会えたときにはそこに溶け込める自分でありたいし、そんな曖昧さをつくりだしてくれたのが カタチある空間や人間だったらそれをすごく大事にしたいって思う。矛盾してるかな。すぐ好きになっちゃうのが悪いクセだ〜。


優しい人は優しい顔をしてなかったりするし、悪い人ほど優しい顔して近づいてきたりするから難しいなって思う。優しい人ほど嘘つくのがヘタクソだったりするし、汚い人ほど誰も傷つけずに嘘つき通してくれたりするし。
それが嘘でもホントでも、実はものすごく悪い人だったとしても、この人になら騙されてもいいかなぁって思えたら、それ以上はないよ。



隣にいるあの子はきっと、私よりも騙されるのがうまい。ふたりでなにをしてるのか私には見えないけど、なにをしてるのか分かっちゃいけないことは なんとなく、分かった。

さっきから目の前にいる彼が変わらず微笑みかけてくる。 知らないフリをしていたのは私なのか、彼のほうなのか、それとも私が知らないフリしてることにも気づかないフリをしてくれていたのか、はたまた私も彼もほんとうに何も知らないのか。
でも私の背中にある光景も彼にはぜんぶ見えてたでしょ。それでも同じ表情で微笑み続けてくれた彼はほんとうに何も気づいていないのか。
私がほんとうに騙されているのは、目の前にいる彼なのか…?

当の本人はなんにも知らないのがちょっと憎い。でもなんにも知らないままでいいよ。隣にいたあの子は幸せそうな顔してた、と思う。


そっちが本気で騙しにくるなら、こっちだって本気で騙されにいくよ。

でも、嘘も好きになりすぎると、いつの間にかどんどん心開いてるね。「嘘だって知ってるよ」なんて口滑らせてしまうね。騙されてるフリができなくなった。私の負けだね。


何言ってるのか分からなくなってきたから寝る。


………


毎月ダラダラと1ヶ月のライブの思い出書いてたけど、インスタの使い方が定まってきたので、ブログはこういう感じになりました(?)

ツイッターにもインスタにもブログにも、3回もおんなじこと書いても面白くないでしょ(笑)

眠い、起きたら更新したこと後悔してるかもしれない、、また何か長い文章が書きたくなったら更新しにくるよ〜〜